竹工芸で食っていこうとしたけど、全然食えなかった話

2年間の竹工芸訓練センターでの学びの後、佐伯市に来て竹工芸のアート作品を作られている先生のアシスタントの仕事もさせてもらっていたのですが、家族も居る状況でこの収入だけではかなりカツカツの生活になっていました。

家賃がかからない状況だったことや嫁も働きに出てくれたこと、無駄な出費を極力抑えた無理のない節約生活、野菜、お米の自給などで極力ミニマムな生活を実現できていた事もあってこの状況でもなんとか資産を減らさず生活することができていました。

そもそも食えない事は分かっていた

実は竹工芸訓練センターの入校試験の面接で、「竹工芸ではなかなか食べていけない人が多いけどそれでも大丈夫ですか?それでもやりたいですか?」と先生から質問があったので、(そこで大丈夫じゃないって言ったら不合格になると思うのでもちろん大丈夫です。と安易に答えていました。)

ある程度覚悟はできていたのですが、いざやってみると続けられなくて辞めてしまう人が多い理由が身に染みて良くわかります。

四ツ目編みバスケット

竹仕事は本気で取り組んでも作るのに相当な手間がかかるので、自分の人件費をすべて代金にしっかり含めようとすると値段が非常に高額になってしまう訳ですが、相当物好きな方ではない限りそんな高額で竹製品を買う人はおらず、なかなか売れないという状況に陥ります。

もちろん作るものにもよるので、付加価値をつけてしっかりとお値段をつけて販売されている方もたくさんいらっしゃいますし、コツコツとした実績を積み重ねて権威性を高めていくというステップを踏んでいる方もたくさんいらっしゃいます。

ただ自分にはそんな事を悠長にやっている時間もなく、常に子供たちを育てるという経済的時限爆弾を抱えながらの活動となっていて、『貧すれば鈍する』の言葉通りどんどんと考えが近視眼的になっていきました。

食うためにどんな仕事でもやる

金もらえるなら何でもやる!という精神でひたすらこちらで知り合った方々になんか仕事あればやらせてくださいという感じで色々スポットでも仕事させてもらいました。

竹をやるために佐伯に来たのに、全然やれてないただのフリーター?と思うこともしばしばありましたが、あまり深く考えずそれもまた人生、目の前に与えられた仕事をきちんとやろうと黙々と色々な仕事をしていました。

実際竹工芸の先人達もあらゆる仕事をこなしながらなんとか竹工芸を続けていたという人も少なくはなく、それだけ竹仕事だけでどうにかしていくことの難しさを感じます。

自分が佐伯でやったスポット仕事もいずれ紹介していきたいなと思っています。

土方仕事、草刈り、キャンプ場の管理、林業の手伝い……そして亡くなった方のゴミ屋敷の片づけ、なぜそんな仕事をしているのか、そしていくらもらえたのかなど独断と偏見で感想も書いていこうと思います。

この記事を書いた人

大阪府出身。20〜30代の迷走を経て40代も迷走中ですが、着地したのは大分県佐伯市。
普通の感覚なら一歩踏み出しにくい「0円物件」を拠点に巻き起こる日々の暮らしを発信したいと思います。

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