今年で4年目になった我が家のお米作り。 結論から言うと、今年は苗の「芽出し」に失敗してしまい、結局は大半の苗を人から譲ってもらって植える、というほろ苦いスタートになりました。
自然相手のことだから、なかなか思うようにはいかないことも多いです。
それでも、冬場の「寒起こし(こちらでは寒突きと言います)」から始まり、春先の草刈り、耕運、そして2回の代掻き(しろかき)など、作業のタイミング、やり方は4年目にしてようやく「一通りどうやっていけばいいのか」が理屈も含めて分かってきました。
手植えも継続しており、同じ大分県の由布市庄内地区でお米作りをされている青竹細工職人の大先輩の現場へもお手伝いに行かせてもらっているので、泥にまみれた経験だけはそれなりに積み重なってきた実感があります。
庄内地区は青竹細工の盛んな地域で、今でもこの大先輩を慕って、青竹細工教室に通われる方がたくさんいます。
また別府市や大分市へのアクセスもそれなりに悪くなく、しかしながら日本の原風景が残るとても大好きな場所で、日本人なら、いや外国人でも素敵だなと感じる人も多いのではないかと思います。
二家族と先生のアメリカ人の奥さんだけで、黙々と編むように植える
去年は子供たちの同級生や親御さんなど、たくさんの人に声をかけて、体験も兼ねてみんなでワイワイと手植えをしました。それはそれでとても楽しかったのですが、大勢に来てもらうための準備や当日のマネージメントは、想像以上にパワーが必要になります。
そこで今年はあえて一家族だけにお声がけして、あとは竹工芸の先生の奥さんと静かに一緒に植えることにしました。
今年から同じ米作りのボランティアメンバーに入ったご家族で、うちの子と同じ子供園に通われているのでそういう繋がりもあります。

手植えというと果てしない作業に思えるかもしれませんが、うちのように1反(約300坪)ほどの小さな面積であれば、夫婦で協力してゆっくりやっても、丸1日あれば終わるものです。
今回はヘルプの手もあったおかげで、13時過ぎには植える作業自体はすっきりと終わっていました。
うちの田植えは、田んぼの水を一旦落として、「筋引き」というアナログな道具で泥の上に格子状の線を引いていく方法をとっています。

その線と線が交わったところに、ひとつひとつ苗を植えていきます。 縦横の間隔は30cm×30cm。
手植えの間隔としては一般的で「尺寸植え」などとも呼ばれるそうですが、機械で植える場合はもっと狭く、20cm〜24cm間隔でぎっしり植えられているのをよく目にします。

この「30cmの余白」が、風を呼び、光を通し、お米を強く育ててくれるような気がして、私はこの手植えの景色がとても好きです。
なかにはさらに間隔を広く取り、33cmとか40㎝とかで植えてらっしゃる方もいますが、そういう方々はほぼ自然農に適した品種を育てている場合がほとんどです。

「おさがり」の苗箱と、失敗した苗
うちでは「ポット苗」という、小さな丸い穴に土と籾(もみ)を2〜3粒ずつ入れて芽出しをした苗を使っています。最大のメリットは、物理的な軽さと、「1穴ずつ植えればいい」という子供にも分かりやすいシンプルさです。

田んぼの中で前かがみになって行う植え付け作業は、慣れていてもそれなりに腰に来るし、足が泥に捕らわれて体力を消耗します。
普通の苗箱だと、重いので小分けにしつつ、植える分だけほぐす手間が発生する上に、子供には加減が難しすぎると直感的に分かっていました。作業の効率化と、身体への負担軽減のための選択です。

ちなみに、我が家のポット苗の苗箱はタダでいただいたもの。
地域の農事法人さんでは毎年5,000枚以上の苗箱を使うそうなのですが、割れて変形したものは機械に通らなくなるため破棄してしまうとのこと。

手作業で種をまく我が家にとっては、多少の割れやダメージは全く問題ありません。ありがたく頂戴して使っています。
そうして万全を期して、自分で種をまいて出来上がった苗が、こちら。

パヤパヤで見事に失敗しています(笑)。 播種をした後の天気が、まるで梅雨の走りのようなぐずついた気候で、気温が低い日が続いてしまい、芽が出ないまま発芽しなかったものが多かったのです。
田んぼの近くに置いておけば良かったのですが、気温もより低く日陰になりやすい我が家のある佐伯市の山側に播種後に持って帰ったのが間違いでしたね。
そして、見かねた周囲の方から急遽もらってきた苗を植えたのがこちら。

『植えてしまえば何とかなる』とベテラン勢はよく言いますが、やっぱり最初から健康的に、青々と大きく育った苗を田んぼに植えると、圧倒的な安心感があります。
手前の方は頂いたもち米の苗を植えました。年末年始に餅つきができるのを楽しみにしています。
敗の原因も把握できているつもりなので(本当か怪しい)、来年はもっとしっかりした苗を自分の手で育てたい、と早くもリベンジを誓っています。
遠い世界だった景色の中に、いま立っている
自然相手のことだから、なかなか思うようにはいかない。 だけど、この「趣味と実益」を完全に兼ね備えたお米作りは、自分にとってはどこまでも楽しく、毎年新しい教科書を開くような勉強の連続です。
何事もなく無事に秋の収穫を迎えられれば、家族4人が1年間食べて、さらに実家や友人にも送ってあげたり、買ってもらったりするだけの量が獲れます。
なんでも機械でやろうとすると莫大なお金がかかりますが、こうしてアナログでも人の手を借りながらやれば、お金をあまりかけずとも生きていく基盤は作れるのはやってて面白いですね。
なんせ日本人の主食なので生活への貢献度はかなり高いです。
大阪や東京の満員電車に揺られていた頃の自分からすれば、こんな風に朝っぱらから田んぼに足を突っ込んでお米を作っている生活なんて、どこか遠い世界のテレビの向こうの出来事だと思っていました。
その後の紆余曲折を経ていま、大分の端っこの方でこの景色の中に立っていること。
失敗した苗を眺めながらも、それもひっくるめてこの状況に感謝したいと思います。

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